すべって ころんで

仕事と毎日のこと

マザーからのコンプレックス

音楽を聞いた時に「これは母が嫌いそうだな」視点が入ってしまうのが悲しい。
母が嫌いな音楽という、ジャンルが私の中では出来上がってしまうのだ。

 

それは私が小5のとき
ドリカムの「晴れたらいいね」の吉田美和の歌い方を全否定した母の発言から始まる。私はその歌が好きだったのに「ダメなもの」という判子が押されてしまった。それからユーミンの「春よ、来い」も気に入らないと言っていた。
ちなみにこの2つは朝ドラの主題歌である。NHKしか認められない当時の我が家ではJ-POPが流れるのは朝ドラの主題歌だけだったのである。
彼女の中ではクラシックが基準だった。
世間でどれほど人気があるか、CDがどれだけ売れているか、口ずさんで楽しいか、は視野に入らなかった。クラシックの発声と、整った曲調が善だった。

当時の母は認めないものを強く否定して、その空気は子どもにも伝わった。私は流行りの曲を知らないまま幼少期を過ごした。流行りの曲が存在することすら知らなかった。だから初めて友達と行ったカラオケは何を歌えば良いのかまったく分からず困惑しかなかった。
友達から曲を選ぶように急かされるのに、分厚い冊子に様々な曲が並んでいるのに選べない。困った私が思い出したのは朝ドラの曲。
NHKがドリカムを採用してくれて本当に良かった。初めてカラオケで歌ったのが「晴れたらいいね」だった。

 

40も過ぎて母親のせいで。とは言いたくない。
King Gnuの「BOY」を聞いた瞬間に好きという感情と「これは母が嫌いそうだな」という2つの感情が湧いてきてゲンナリとした。未だに私は母の感性から逃れられないし、確実に私の一部になってるから仕方ないな…と諦めている。これはもう個性だ。

 

あの家庭の中で井上陽水のカセットテープが車で流れていた。なぜあれが我が家に存在したんだろう、今度聞いてみよう。
リバーサイドホテルは当時覚えた歌謡曲のひとつでもある。

罪づくりなお菓子作り

夏が終わり秋の始まり、私はお菓子作りを始めた。
良いことは2つ。
作るのが楽しい。そして成功すれば美味しい。
あとはネガティブしかなく実益がないところが気に入っている。


ネガティブなこと その1
1度に出来上がる量が多い
半量で作れば良いのだが、私の愛読するレシピ本には「少ない量を上手に美味しく作るのはプロでも難しい」とある。
それでも材料を半量にして作るのだが家族サイズのお菓子の半量は1人分にはならない。
そして時代はコロナ渦。マスクしないで素手で混ぜた物を他人に食べさせる勇気もない。手作り菓子を嫌がる人もいるしね。
という訳で一人で消費することになる。
そして太る。


ネガティブなこと その2
ケチらないほど美味しい
1度に作るクッキー。日常で使う12ヶ月分のバター量を1回で消費するのだ。
これを8ヶ月のバター量にしようとすると、美味しくないクッキーが30枚出来る。
8ヶ月だろうが12ヶ月だろうが一人で消費することに変わりないのだから、美味しくないより美味しいクッキーが正義となる。

ジャムを作る際も砂糖は果汁の同量、とある。減らせても70%まで。
そう聞いたら70%まで減らそうとしてみる。
あれ…計算間違えていた。がっちり同量いれている。
こうして美味しいジャムが出来てしまう。一口舐めるだけで果汁の香りが強く広がる。

ケチらずレシピ通りに。
そして太る。


ネガティブなこと その3
コスパは悪い
店でお菓子を買う量が減り、日常的に小麦粉を買うようになった。
最初の頃は1袋400gも求めていたが今では1kgになり
薄力粉、強力粉、全粒粉と食料棚には粉が増えた。砂糖や細々したスパイス、ナッツ、洋酒も。
お金がかかるだけならまだしも作る時間もかかる。
お菓子は買ったほうが安い。


こうしてネガティブなことばかりなお菓子作り。
それでもレシピを眺めて計量し始めてしまうのは面白いからである。
材料を混ぜて状態変化していくこと、理にかなってると美味しくなること。
成功が分かりやすいところ。
失敗した改善点が見つけやすく再挑戦したくなるところ。
なかなか罪深い趣味だけど顔が丸くなるまでは続けたい。

お一人様の逃走

羊の肉への興味が止まらない。

しばらく前まで苦手だった羊の肉を食べられるようになってカレー屋に行けばマトンカレーを頼み、サイゼリヤに行けば羊串焼きを注文している。もっと本格的な羊料理が食べたくなった私は御徒町に降り立った。このあたりは大陸系の中華料理が多いそう。その日行こうとしている店は口コミが高評価が並び、卓上コンロで羊串が焼けるのも魅力的だった。

御徒町駅を降りてアメ横に入ると焼き鳥、ラーメン、寿司、タコ焼き屋が並び本来の目的を忘れそうになる。焼き立てのタコ焼きを頬張る親子がニコニコしている。しかし今日は羊である。後ろ髪をひかれる思いで人混みをぬって歩くと雑居ビルの地下1階にその店はあった。

薄暗い階段を降りてお店に入ると店員の中国人と目が合う。一人です、と伝えると串を焼きたいか聞かれたので頷くと卓上コンロが置かれたテーブルに通された。隣のテーブルには外国人カップルが食事をしていて一瞬こっちを見た。周りを見渡すとお一人様は居ない。ちょっと嫌な予感がした。

メニューを手に取ると一品が1000円近い大皿料理ばかりだった。串焼きのページは1串200円から。これなら一人でも楽しめそうだ。羊の串を2、3種類選び、ザリガニ串が気になったのでチャレンジすることにした。それに野菜串を合わせて合計6本になるようにして店員さんを呼んだ。

まずは生ビール1つ

「はい」

あと串焼きで羊のカルビを1つと…

「串焼きは1種類2本づつから 串は合計10本からしか頼めない です」

流暢な日本語だったけれども一瞬その内容が入ってこなかった。

ようは10本食べなければいけない。

困った。しかも10種類ならまだしも同じ串を2本づつは厳しい。いや、串だけならいけるかもしれない。しかし串を食べたらビールを飲まざる得ない。食べきれるものだろうか。 メニューをじっと眺めること数秒。

店員さんに一人で10本いけるものか聞いた。

苦笑いしながら

「ううん…ちょっと大変かも…」

ですよね。 そう、ですよね!

串を諦めるしかなかった。 メニューには麺類、飯類とあって冷麺やチャーハンも並んでいた。これなら一人で食べれそう。でも私は羊を食べにきたのだ。この卓上コンロでチマチマと羊を自ら焼いて食べたいのだ。冷麺も好きだけど今、私は冷麺ではない。羊が食べたい。

下唇を噛んで店員さんに謝った。

すいません、今回は食べられそうにないので。また来ます。

気のせいかもしれないけれど隣のカップルからの視線を感じる。 店員さんは頷いて見送ってくれた。 私は急ぎ足で出口へ向かい、地下のお店から階段を駆け上がった。恥ずかしい。

最近の中華料理は飲茶があったり、一人でも楽しめる量や価格帯が多く完全に油断していた。「みんなで食卓を囲み楽しく食事をする」タイプの中華だった。見極めるのが甘かった。完全にお一人様の敗退である。

一人の食事は惨めではない。ただ受け入れられなかった事が悲しくて早足になった。

タコ焼き屋の前をまた通る。さっきは美味しそうに見えたタコ焼きに食指が動かない。その先にはラーメン屋も一人飲み歓迎風な焼き鳥屋もある。でもちがう。今、私が食べたいのは羊の串焼きだ。目頭抑えながらアメ横を後にしたのだった。