すべって ころんで

仕事と毎日のこと

お一人様の逃走

羊の肉への興味が止まらない。

しばらく前まで苦手だった羊の肉を食べられるようになってカレー屋に行けばマトンカレーを頼み、サイゼリヤに行けば羊串焼きを注文している。もっと本格的な羊料理が食べたくなった私は御徒町に降り立った。このあたりは大陸系の中華料理が多いそう。その日行こうとしている店は口コミが高評価が並び、卓上コンロで羊串が焼けるのも魅力的だった。

御徒町駅を降りてアメ横に入ると焼き鳥、ラーメン、寿司、タコ焼き屋が並び本来の目的を忘れそうになる。焼き立てのタコ焼きを頬張る親子がニコニコしている。しかし今日は羊である。後ろ髪をひかれる思いで人混みをぬって歩くと雑居ビルの地下1階にその店はあった。

薄暗い階段を降りてお店に入ると店員の中国人と目が合う。一人です、と伝えると串を焼きたいか聞かれたので頷くと卓上コンロが置かれたテーブルに通された。隣のテーブルには外国人カップルが食事をしていて一瞬こっちを見た。周りを見渡すとお一人様は居ない。ちょっと嫌な予感がした。

メニューを手に取ると一品が1000円近い大皿料理ばかりだった。串焼きのページは1串200円から。これなら一人でも楽しめそうだ。羊の串を2、3種類選び、ザリガニ串が気になったのでチャレンジすることにした。それに野菜串を合わせて合計6本になるようにして店員さんを呼んだ。

まずは生ビール1つ

「はい」

あと串焼きで羊のカルビを1つと…

「串焼きは1種類2本づつから 串は合計10本からしか頼めない です」

流暢な日本語だったけれども一瞬その内容が入ってこなかった。

ようは10本食べなければいけない。

困った。しかも10種類ならまだしも同じ串を2本づつは厳しい。いや、串だけならいけるかもしれない。しかし串を食べたらビールを飲まざる得ない。食べきれるものだろうか。 メニューをじっと眺めること数秒。

店員さんに一人で10本いけるものか聞いた。

苦笑いしながら

「ううん…ちょっと大変かも…」

ですよね。 そう、ですよね!

串を諦めるしかなかった。 メニューには麺類、飯類とあって冷麺やチャーハンも並んでいた。これなら一人で食べれそう。でも私は羊を食べにきたのだ。この卓上コンロでチマチマと羊を自ら焼いて食べたいのだ。冷麺も好きだけど今、私は冷麺ではない。羊が食べたい。

下唇を噛んで店員さんに謝った。

すいません、今回は食べられそうにないので。また来ます。

気のせいかもしれないけれど隣のカップルからの視線を感じる。 店員さんは頷いて見送ってくれた。 私は急ぎ足で出口へ向かい、地下のお店から階段を駆け上がった。恥ずかしい。

最近の中華料理は飲茶があったり、一人でも楽しめる量や価格帯が多く完全に油断していた。「みんなで食卓を囲み楽しく食事をする」タイプの中華だった。見極めるのが甘かった。完全にお一人様の敗退である。

一人の食事は惨めではない。ただ受け入れられなかった事が悲しくて早足になった。

タコ焼き屋の前をまた通る。さっきは美味しそうに見えたタコ焼きに食指が動かない。その先にはラーメン屋も一人飲み歓迎風な焼き鳥屋もある。でもちがう。今、私が食べたいのは羊の串焼きだ。目頭抑えながらアメ横を後にしたのだった。